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ユキの恐怖 その3

その2からの続きです・・・


な、なんでカギが開くの!??

ゆき、なんてしらないのにいぃぃ・・・


怒ったような困ったような顔をした、眼鏡をかけたイケメン白人男性が、そこに仁王立ちしていました。


遠い異国の地で、イケメン白人男性から「ユキ」なる大和撫子を奪った(と勘違いされた)僕

そんなカッコイイ役回りは、僕ちゃんの守備範囲外ですよぅ・・・


こんなことならせめて、そこまであんたを夢中にさせるユキさんって女性に、一目お会いしてみたかったぜ・・・

パニックになりつつも、何故か冷静にそんなことを考える私。


恋敵(私)のあまりのイケメンぶりに、悔しさが増幅したのでしょうか、

突然の訪問者は私に向かって、何かの金属片のようなものを投げつけました・・・





外「Hey!, *+\!ナンチャラカンチャラ#$&-?fjチャラカンチャラ#$mラ#$&\>&-?fj!!, Your Key!!!!!」


最後の言葉だけ、今度は、私にもはっきり聞き取れました。


Your Key(ユーキー、「お前の鍵」)


投げつけられた金属片を確認すると、それはまさにあれだけ恋い焦がれたユキ、ならぬYour keyでした。


この期に及んでは、日本人としてすべきことはただ一つです。


川「さ、サンキュー」

(あ、ありがとごぜマス・・・)



賢明な当ブログ読者の皆様は既にお見通しかと思いますが、

マヌケな日本人(私)が、入り口ドアにさしっ放しにしていた鍵を、

通りすがりの親切な白人男性が、「あんた、かぎ忘れてるぜぃ」と伝えてくれたのです。


「カギ(Your key)、カギ忘れてっぞ!」

と親切に伝えてあげたのにも関わらず、

「私はユキではありまへん。どちらはんでっか?」

と、ワケガワカラナイ答えをかえされた外人さんの苦悩は、察して余りありますし、

そんな得体の知れない人が中にいる部屋のドアを開けるのは、どれだけ勇気が要ったことでしょう!


外人さんは勇気を振り絞って、さしっぱなしの鍵でドアを開け、それを投げ渡してくださったのです!


3回にも分けてこんな長々書きやがった挙句、ユキとYour Keyって、ただの駄洒落かよ、ってそうですスミマセン。


後日、マンションのロビーで、その外人さんとすれ違いましたが、

恐る恐る「さ、さんきゅー」と言うと、ニヤッと笑って軽く手を振って去っていきました。カッコいいなぁ。


毎冬、雪が降ると、この甘酸っぱい?体験の記憶がよみがえってきて、

雪と全く無縁なビエンチャンに思いをはせ、おセンチになる私なのであります。ビアラオのみてぇ。


そんな私の、どうでも良い思い出話でした。

何か有意義な情報を求めて当記事をごらんになった方には、心よりお詫び申し上げます。

ユキの恐怖 その2

その1からの続きです・・・


その日、疲れて帰ってきた私、シャワーの前にビール(BeerLao)でも飲むか!

と、冷蔵庫(「SANYO」ってロゴがあったのを何故かよく覚えている)を開けようとしたその時、

突然、玄関のチャイムが鳴ったのです。


私に用のある方は、JICAの同じプロジェクトの関係者以外にはまずありません。

誰だろう。コーディネーターのTさんが、晩飯誘いに来てくれたんだろうかウホホ・・・


いそいそとインターホンに出る私。その健気な私を迎え撃ったのは、無慈悲なまでの英語のシャワーでした。

インターホン越しに、機関銃のような早口でまくし立てる相手・・・かろうじて、どうやら英語らしいことと、

「ユキ!」「ユキ!」と、ユキさんという方を求めているらしいことがわかりました。


だれだよユキって。俺はユキじゃないぞアキヒロくんだよ川上です、カ・ワ・カ・ミ!。

プロジェクトのスタッフに、ユキさんなんて方はいませんし、非常に残念なことにそんな恋人もおりませんです。

どこの誰かは知りませんが、「ユキさん」という方の部屋と間違えたのでしょうか・・・?


仕方ないので、私のジス イズ ア ペン、レヴェルの英語で、説明を試みることにします・・・


川「No,No, I am not Yuki. My name is Mr.Kawakami・・・.)

(違う、違いますです、私はユキではあーりませーん。私の名前は川上さんですわよ。)(自分でMr.・・・)


なぜか中学校の英語の先生の顔を思い浮かべながら、必死で説明を試みますが、全くご理解いただけません。


外「ユキ!、、、ユキィィィ!!!」


次第にエキサイトしてきたご様子の相手。

もしかして、私の事を、ユキさんを寝取った相手と勘違いしているのではっ?!?


川「Yuki is not here. I don't know who is Yuki. Who are you?」

(ユキって人はここにはいませんよ。ユキってだれですか? てかあんた誰なんだぜ?)


私の下手糞な英語か、あるいは話がかみ合わないことにぶちきれたのか、

あろうことが、今度はドアノブをガチャガチャとしだしました。


なんか知らないがやばい。まじやばい。なんか勘違いしてる。なんか怒ってる。

どうしよう。どうしよう。


俺はユキじゃないし、ユキなんて知らないのに・・・

頭が一杯一杯になる私。 異国の地で、ユキ恋しさに怒り狂う相手。


そしてその時・・・鍵を掛けていたはずの玄関のドアが、突然開いたのです。


いやあぁぁぁぁぁっ!!

(貞子が出てくる時の例のBGMでお願いします)


その3に続きます・・・

ユキの恐怖 その1

OOYUKI
↑昨年2月の大雪は大変でしたね・・・



今日は朝方に雪がちらつき、凍えるような一日でしたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

自分の思い出話で恐縮なのですが、私、雪が降ると、必ず思い出す痛い?思い出があるのです・・・



そう、たしかに鍵を掛けたはずの玄関のドアが突然開き、急に外気が入ってきました。

入り口には、全く見知らぬ白人男性が、怒ったような困ったような顔をして立ちつくしています。

理解しがたい出来事に、パニックになる私。

突然の訪問者は、早口で何やらまくし立てながら、私に向かって金属片を投げつけました・・・


今思い出しても背筋に冷たいものが走る、私の恐怖(?)体験のひとコマであります。

10年ほど前、大学で、現役バリバリ?のNICUソルジャーだったころの話です。


こんな私でも、「国際協力」の真似事をしたことがあります。

今考えると、NICUに篭りきりだった私になんという無茶振りかと思うのですが、

というか、教授がどこぞの酒席で安請け合いした尻拭いをするとはこういうことですねHAHA。


東南アジアにあるラオス(ラオス人民民主共和国, Lao PDR)の首都、ビエンチャンにある病院で

NICUを立ち上げるため、専門家として指導をして来いと、医局の命が下ったのです。


そんなわけで、JICA派遣の新生児医療専門家として、3か月ほどビエンチャンに滞在しとりました。

まあ、なかなか楽しく充実した3か月でした。ビアラオ飲みてぇ。


勿論ラオス語なんて出来ませんし、英語もろくすっぽですが、

私もカウンターパートも片言の英語でやり取りするのは、気軽で意外と楽しかったです。

(カウンターパートが英語ぺらぺらだったら、逆にかなりやりづらかったと思う・・・)


ビエンチャンでの寝泊りは、外人用のマンションみたいなところを借りていました。

普通のアパートにちょっと毛が生えた程度のマンションですが、

当時のラオス一般家庭からすれば、どこの不思議のネズミの国かというような高級マンソンです。

誤解を恐れずに言うと、要は、日本で言うなら六本木ヒルズみたいなところに住んでいたわけ?


上述の恐怖(?)体験は、そんなビエンチャンのおセレブマンソンで経験したお話です。


その2に続きます・・・


あけましておめでとうございます2015


前回からの続き、かな?


「院長がすきこのんで、儲からないことばっかりやっている」とはいえ、

ご来院される全員にエコーをしたり、一人一人の説明に膨大な時間をかけていたりしては、当院の経営は成り立ちません。


また、クリニック経営というのは勿論、お客様は神様ですのサービス業の一つです。

しかしながら、一般的なサービス業と若干異なる点として、公共性の度合いが高いという事があります。

私が勝手に開設したクリニックでありますが、同時に、高津区子母口を中心とした地域の小児科一次医療を担う責務があります。

一人当たりに時間をかければかけるほど、待ち時間が増え、その分、対応できる患者さんの数も減ります。

地域で必要とされる小児科一次医療を担うためには、ある程度の「数」をこなす事が必要とされるのもまた事実です。


当院は、丁寧な診察と説明を心がけています。

つまり、診察と説明に、時間を使いたいのです。

言い換えると、それ以外のところで時間を削らなければならないということでもあります。


ただし、勤務医時代とは全く異なる時間軸で、一人あたりの患者さんに割ける時間が圧倒的に少ない中で、

それでも、診察すべきこと、説明すべきこと、ご理解いただけるように努力すること等々、妥協できない線は譲れません。


そしてこの「妥協してはいけない線」が、忙しさにかまけてずるずると後退することは絶対に避けたいのです。

開業医で患者さんが多いからまあいいか、で済ませることは、あってはならないことです。

ただ、どうしても時間が限られてくるのは仕方ありませんから、それら大事なことを短時間に詰め込まないといけません。

そのために試行錯誤しつつ、必死になってやっております。

自分から申し上げることではないかもしれませんが、どうかその点はご理解いただけると幸いに存じます。



一人でも多くの患者さん方に、安心して帰って頂きたい。

忙しかろうが時間がなかろうが、この開業の理念に変わりはありません。

未熟者の院長ではありますが、開業の理念に少しでも近づけるよう、本年も努力して参る所存です。


どうか本年も、当院をご愛顧くださいますよう、

そして、変わらずご指導を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

プロフィール

かわかみあきひろ

Author:かわかみあきひろ
川崎市高津区子母口497-2子母口クリニックモール2階
かわかみ小児科クリニック
小児科・アレルギー科
院長  川上 章弘

詳しいプロフィールについては、
かわかみ小児科クリニック公式HPの院長紹介
をご覧ください。

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